最高裁判所第三小法廷 平成6年(オ)548号 判決 1997年7月15日
上告人
国
右代表者法務大臣
松浦功
右指定代理人
森脇勝
外一一名
被上告人
高坂義秀
右訴訟代理人弁護士
白澤恒一
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人増井和男、同都築弘、同小貫芳信、同五十嵐義治、同竹谷喜文、同布村重成、同中條隆二、同福士貫蔵、同渡辺義雄、同菅弘美、同清水一男、同西村浩昭の上告理由第一点について
一 本件は、不動産競売により土地を取得した被上告人が、執行官が行った右土地の現況調査の結果に誤りがあり、これを信じて右土地を取得したために損害を被ったとして、上告人に対して国家賠償法一条一項に基づいて損害賠償を求めた事件であるところ、原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 秋田地方裁判所本荘支部は、昭和五八年三月二五日、飯島猛所有の本件土地(秋田県由利郡象潟町洗釜字石坂一番一 山林 面積五万三九六七平方メートル)につき、根抵当権者からの申立てに基づき不動産競売開始決定をし、同年四月二一日、同支部執行官に対して本件土地の現況調査を命じ、同支部執行官阿部五郎が右現況調査を担当した。
2 本件土地については、国土調査が実施され、その結果に基づく地籍図が不動産登記法一七条所定の地図として登記所(秋田地方法務局象潟出張所)に備え付けられていた。阿部執行官は、右登記所備付地図の写しを入手し、これを本件土地の登記簿謄本及び市販の地図と共に携行して、昭和五八年五月一三日に本件土地の現況調査を実施した。同執行官は、本件土地について国土調査が実施されていることから、象潟町役場に照会すれば本件土地の所在につき手掛りが得られると考え、同役場に赴いて本件土地への案内を依頼したところ、本件土地を知っているという同役場の職員が案内を引き受けたため、同職員の案内で本件土地に向かった。同職員は、畜舎の跡と思われる廃屋がある場所に同執行官を案内し、その場所が本件土地であり、廃屋は有限会社鳥海牧場が以前牧場を営んでいたころの建物である旨指示説明した。同執行官は、本件土地の登記簿謄本の甲区欄に以前の所有者として有限会社鳥海牧場の記載があったことから、廃屋のある付近の土地が本件土地であると判断し、廃屋の写真を撮影するなどして現況を調査したが、隣地との境界の確認はできなかった。
3 同執行官が本件土地であると判断した土地は、実際には、本件土地の西側に隣接する象潟町洗釜字石坂一番三の土地(山林 面積五万六九四九平方メートル)であった。本件土地及び一番三の土地の南側には概ね東西方向に走る山道があり、右山道から北東方向に分岐した別の山道を通って廃屋のある場所に到達したものであったところ、同執行官が持っていた登記所備付地図の写しに記載されている本件土地及び南側の山道と、廃屋のある場所及びこれに至る山道の状況とは、山道の走行する方向及び山道と土地との位置関係において相違していた。しかし、同執行官は、磁石を持参しておらず、右地図写しと現地の状況とを方位等に留意して照合しなかったため、この相違に気付かなかった。また、同執行官は、案内した役場職員が本件土地につきどのような経験からどの程度の知識を有しているかを確認せず、その他に本件土地の所在及び範囲を確認するための調査は行わなかった。
なお、本件土地の所有者である飯島は遠方に居住していたため、同執行官は、飯島に対して現地での立合い等の協力を求めることはせず、前記調査の後に同人に対して文書で賃貸借の有無を照会したが、回答はなかった。
4 同執行官は、前記の調査の結果に基づいて、本件土地の現況につき、概ね中央部分は宅地と見てよく、宅地部分には廃屋といってよい畜舎、その他物置小屋のようなものが数棟存在するなどと記載し、現場見取図や廃屋の写真等を添付した現況調査報告書を作成して、昭和五八年六月一四日に執行裁判所に提出した。
5 本件土地については、その後、特別売却が実施された。被上告人は、前記現況調査報告書等を閲覧し、同報告書に添付された現場見取図の記載及び廃屋の写真を手掛りとして本件土地の所在を調査した結果、右写真に撮影されていた廃屋を発見し、その付近の土地(一番三の土地)を本件土地であると判断した。被上告人は、本件土地の買受けを申し出て、売却許可決定を受け、昭和六三年七月二七日に代金を納付して、本件土地の所有権を取得した。
6 被上告人は、一番三の土地上の廃屋の基礎を利用して本件建物を建築し、自宅として使用していたが、その後、一番三の土地の所有者から明渡しを求められ、同土地及び本件建物の明渡しを余儀なくされた。
二 原審は、右事実関係の下において、執行官は、現況調査を行うに当たり、買受希望者が対象不動産を他の不動産と誤認することのないよう対象不動産の特定をすべき注意義務を負うところ、阿部執行官は、本件土地の現況調査を行うに当たり、案内した象潟町役場職員の説明を軽信して、それ以上に自ら本件土地の所在を確認する方法を採らなかった点において、右注意義務に違反したものと認められると判断し、被上告人の上告人に対する損害賠償請求を一部認容した。
三 所論は、原審の右判断につき国家賠償法一条一項の解釈適用の誤りをいうものである。よって検討するに、民事執行手続における現況調査(民事執行法五七条)の目的は、執行官が執行裁判所の命令に基づいて不動産執行又は不動産競売の目的不動産の形状、占有関係その他の現況を調査し、その結果を記載した現況調査報告書を執行裁判所に提出することにより、執行裁判所に売却条件の確定や物件明細書の作成等のための判断資料を提供するとともに、現況調査報告書の写しを執行裁判所に備え置いて一般の閲覧に供することにより、不動産の買受けを希望する者に判断資料を提供することにある。このような現況調査制度の目的に照らすと、執行官は、執行裁判所に対してはもとより、不動産の買受希望者に対する関係においても、目的不動産の現況をできる限り正確に調査すべき注意義務を負うものと解される。もっとも、現況調査は、民事執行手続の一環として迅速に行わなければならず、また、目的不動産の位置や形状を正確に記載した地図が必ずしも整備されていなかったり、所有者等の関係人の協力を得ることが困難な場合があるなど調査を実施する上での制約も少なくない。これらの点を考慮すると、現況調査報告書の記載内容が目的不動産の実際の状況と異なっても、そのことから直ちに執行官が前記注意義務に違反したと評価するのは相当ではないが、執行官が現況調査を行うに当たり、通常行うべき調査方法を採らず、あるいは、調査結果の十分な評価、検討を怠るなど、その調査及び判断の過程が合理性を欠き、その結果、現況調査報告書の記載内容と目的不動産の実際の状況との間に看過し難い相違が生じた場合には、執行官が前記注意義務に違反したものと認められ、国は、誤った現況調査報告書の記載を信じたために損害を被った者に対し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償の責任を負うと解するのが相当である。
これを本件についてみると、前記事実関係によれば、本件土地の現況調査を担当した阿部執行官は、案内した象潟町役場職員の指示説明の内容と登記簿の記載や畜舎跡と見られる廃屋の存在が符合することから、同職員の指示した土地が本件土地であると判断したものと認められる。しかし、同職員は、自ら案内を申し出たとはいえ、本件土地の位置を正確に指示説明できるだけの知識を有するかどうかは明らかではなかったのであるから、このような場合、執行官としては、この点につき同職員に質問し、あるいは、他の調査結果と照らし合わせるなどして、その指示説明の正確性を検討すべきであった。にもかかわらず、同執行官は、直ちに同職員の指示説明した土地を本件土地と判断したのであるから、右の検討を怠ったものといわざるを得ない。また、不動産登記法一七条所定の登記所備付地図(いわゆる一七条地図)は、現地指示能力及び現地復元能力を有し、土地の所在、範囲を特定する際の重要な資料であり、現況調査の目的となる土地につき登記所備付地図がある場合には、右地図と現地の状況を方位や道路、隣地との位置関係等から照合して土地の特定を行うのが通常の調査方法と考えられるところ、前記事実関係によれば、同執行官は、本件土地が記載された登記所備付地図の写しを携行していたにもかかわらず、右地図写しと現地の状況との照合を十分に行わず、そのために両者の相違に気付かなかったというのである。以上によれば、同執行官は、本件土地の現況調査を行うに当たり、通常行うべき調査方法を採らず、また、調査結果の十分な評価、検討を怠り、その結果、現況調査の対象となる土地の特定を誤り、一番三の土地の現況を本件土地の現況として現況調査報告書に記載したものであって、目的不動産の現況をできる限り正確に調査すべき注意義務に違反したものと認められる。原審の前記判断は、これと同旨をいうものとして、是認することができる。論旨は採用することができない。
同第二点について
原審の適法に確定した本件の事実関係の下においては、被上告人の精神的苦痛に対して慰謝料の支払を命じた原審の判断は、是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官大野正男 裁判官尾崎行信 裁判官山口繁)